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 ふだんTVはほとんど見ない(見れない)ので、録画して見ることが多いのですが、珍しく(!)クラシック音楽以外の番組、4月に放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀』の血管外科医大木隆生氏の回を見ました。
 びっくりしました。理由その1:週1回の診療日(あとは手術の日でおよそ800件/年)は、朝6:40出勤、終わったのは午前4時、その間休憩なし食事なしの働きぶり(ご自愛くださいの世界です)。
 その2:使命感で仕事をする。氏いわく、「プロフェッショナルとは、経済的動機付けではなく、使命感ややりがいを原動力とし、ことに当たる。それでいて自己の利害、ときには命もかえりみない、いわば、アマチュアリズムの極致が、プロフェッショナルではないでしょうか。」。
 生活のために仕事をしている人が大多数であって、人に喜ばれたいから仕事をやっているというのはまれだと思うのですよ。それを実現しているのがすごい。実際アメリカで活躍していて日本の母校の病院に呼び戻され、年収は10分の1以下になったらしい。やりがいという意味では、音楽家の人たちにも、この種の憧れみたいなものを感じることもきらきらおんぷ。「100回生まれ変わっても、100回医師を選びます。」という、信念の人ですね。番組HP



 さて(さてが最近多い)、先日、涙もろくなってきたという話をしたのですが、何の先入観もなくふと聴いてほろっときそうだったのが、フリードリヒ・グルダのCD『グルダ・プレイズ・シューベルト』。
 シューベルトは同郷の作曲家故に弾くのを控えてきたらしいグルダが、他界する前年に残したさりげなく飾らない演奏であり、自宅で自分のために演奏したプライベート録音。ライナーも、シューベルトのピアノ曲&演奏も、グルダのアリアも泣ける。
 以下、ライナーから抜粋します。
「シューベルトは私にとって今日に至るまで、一定の距離を置き控えめな関係を保ちたい作曲家であり、極端なことをいえば「恐れ」すら感じる存在だ。自分にとって異質だからではない。逆だからそうなってしまうのである。お互いの内的な世界があまりにも近いが故にあえて避けてしまう。シューベルトの作品の根底には、脱落と別離、病と死に対する極めてウィーン的な想い、そしてウィーン人にしか本質を理解できない、微笑みながら自殺するといった感覚が流れている。」
「いかにもウィーン的なシューベルトの作品の根底に流れるあの雰囲気にのまれることに対して私は今も昔も、命とりになりかねないという危機感を覚える。」
「だからこれらの作品を録音しながら、私は幾度も涙をこぼしそうになり、無事終わったときは命を落とさずに済んだことに安堵した。」
 CDには、「即興曲集」、「楽興の詩」、自作の「ゴロヴィンの森の物語(J.シュトラウスへのオマージュ)」が収められています。

コメント

こんばんは^^
この番組に登場される方って、本当に素敵な方ばかり!!
先日、「山一証券」の元社員の今・・・
を追った番組を見たんですが、
あの倒産を機に、「仕事とはいったい何なんだ」と
自らを見つめなおした方なんかも登場されまして、
凄く心に残りました。。。まあ、生きるために好きでもない仕事を頑張らざる負えない人が8割は超えてる気も致しますが(笑) 人に喜ばれたり、感謝されたりする、それを仕事に出来るって凄いことだなーと漠然とですが思います^^

 
がちゃ子さん、コメントありがとうございます!そうですね。毎回、魅力ある人が登場しますよね。
大木さんは、その分野で「ベスト・ドクター・イン・ニューヨーク」に4年連続で選ばれた方だそうですが、番組の中でも、あえて合併症が起きてしまったケースも放送していて、本当に腕に自信があって、真の実力者なのだな、と思いましたよ。
>人に喜ばれたり、感謝されたりする、それを仕事に出来るって凄いことだなーと漠然とですが思います^^
本当にそうですね。

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