にほんブログ村 クラシックブログへ
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 行きつけの(ではないですね、年に1回くらい行く)日比谷の仏蘭西料理店に食事に行ったら、隣のテーブルは6人組で、自然と会話がもれ聞こえます。「パリで○○を見まして・・・」などという会話の端々から、なんとなく一般の人ではないような感じがしていたら、ついにstephの連れが、見たことあるような気がする人だとのたまふ。テーブルの真ん中の、白髪混じりのあごひげの人だ。確かにインパクトのある風貌です。TVに出る人でも作家でもなく、多分、文化人だという。視力は裸眼で1.2、羨ましいほど目がいい。でも、気のせいかもしれない、と言っているうちにも会話の方は、「知り合いが監督をしていた歌劇場が・・・」など、なんだかクラシック音楽関係っぽい。そのうち、決定的な会話が。「こないだは、芸術劇場、ありがとうございました。ストラヴィンスキーのコンチェルト。。。」
 音楽家とは思っていなかったけど、ピアニストの野平さんだった。聴きに行ったんです、でも見えなかったんですよね~、なんたる不覚。ちゃんと聴いていれば、話しかけることもできたかもしれないのに。まさか最近行ったコンサートのソリストとフレンチ・レストランで隣合わせとは。「コンセルヴァトワールの頃・・・」などと話していた同伴の方も、音楽家だったのかも。東京って、周辺にその方面の人が居るものですね。
スポンサーサイト
東京都交響楽団「作曲家の肖像」Vol.77《ストラヴィンスキー》(6/5)@東京芸術劇場
指揮:ヤン=パスカル・トルトゥリエ ピアノ:野平一郎 ストラヴィンスキー:3楽章の交響曲 ピアノと管楽器のための協奏曲 ペトルーシュカ(1947年版)

 2週連続の芸術劇場。3曲全てピアノが入ったPGで、様々な音とリズムに彩られた、賑やかな曲。1曲目の第3楽章は、ナチスの軍楽隊の行進のイメージとのこと。テケテケテケテケ(ティンパニ)フイフイ(弦)が多い・・・
 どうして、いつにもましてこんなにアバウトかというと・・・。席が・・・。マイナス情報として、あえて書きますと、C席で3階の端のブロック(LB、RBではなくて、その後方のブロックC~G列)だったのですが、設計上の問題なのか、いくら姿勢を正しても、舞台への視界がとれず、とりわけ頭が大きいわけでも前のめりになっているわけでもない前の席の人の頭が舞台中央にかぶって、指揮者もピアニストも見えず。ならば目をつむって聴けばよいのかもしれませんが、末席ならまだしも。。。舞台中央にかけて黒いサークルがあって、演奏中にそれが微妙に動く、という状態で、音楽に集中できませんでした。先週は、端ではないブロックで同じような列でしたが問題なかったので、同料金でこの席を売ってはいけないのではないでしょーか。以前、ラ・フォル・ジュルネで五重奏の奏者が全く見えなかった東京国際フォーラムホールBの端の席を思い出しました。
 ひとつだけ面白かったのは、隣席の人がチラシを見ながら、「圧倒的な技術力と並外れた身体能力って、violinistの身体能力って何?」とつっこんでいたこと。後で見たら、月刊都響掲載記事で、昨年度の想い出に残った公演結果で2位に入った公演のソリスト神尾さんへの感想コメントでした。
 参考に、1位はインバル/マラ3、2位がインバル/チャイコン・チャイ4、3位はコバケン/スメタナ:わが祖国、4位はstephも聴きましたデプリースト/シューマンvlコン・ブル7、5位がインバル/ブル5でした。投票者一人あたりの第1位が5点で結果の1位が160点て、絶対数どのくらいだったのでしょう?
エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団@東京芸術劇場2010.5.30(日) サロネン:ヘリックス チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ヒラリー・ハーン(vl) encore バッハ:サラバンド シベリウス:交響曲第2番 encore シベリウス:付随音楽「ペレアスとメリザンド」から第8曲メリザンドの死 組曲「カレリア」から第3曲行進曲風に 付随音楽「クオレマ(死)」から第1曲悲しいワルツ

 1曲目は、打楽器から始まりオケへと広がっていく曲で、現代音楽にしては、聴き易い。
 そして、パガニーニのviolinコンチェルト第1番や、モーツァルトのソナタのCDが好印象で、チャイコフスキーに期待と一抹の不安を抱きながら、高名なviolinistヒラリー・ハーンを、やっと初鑑賞です。
 旋律のどこからどこまでも整った通る音で、ここまで細部まで聴かせてくれるソロは、めったにないのでは。この曲に関しては、あまりにも音を整えることなく、激しく弾いて欲しいという期待がある一方で、ハーンの演奏は、全くそういった激しさからはかけ離れた整然とした美しさがあって、聴いていて冷静になってしまうくらい端整。きっとそういうもの(濃厚なチャイコフスキー)は志向していないのでしょう。正確に演奏するだけでなく、作品の本質を表現する(聴き手に伝える)ということは演奏家として百も承知で、その上で選択したアプローチなのでしょうから。といっても、すばらしいからといって、感動するわけではないのですよね。
 直前にヴィクトル・トレチャコフ/フェドセーエフ指揮モスクワ放送響のCDを聴いていってしまったため、あまりのアプローチの違いに唖然としたところもあり。こちらの方が、どこまでも美しい音でありながらも泥臭さも感じさせるような濃さがあって、かつ、ついていけなくなる程の緩急はつけていなくて、しっくりきます。
 オケは、pはしぼってソロを引き立て、第3楽章では音階を駆け上がるところを非常に加速するなどメリハリもあって、よくつけていました。
 シベリウスの第2番は、これまた直前にバーンスタインのCDを聴いてしまったけれど、こちらはそれに勝るとも劣らない盛り上がりと、静寂の美しさを体感できた。オケは繊細なpから最高潮の最終楽章まで指揮者の要求に充分応えて、どのセクションも音よし反応よし。今月2つ目のイギリスのオケを聴いたわけですが、こちらは自分も拍手鳴り止まずの状態。いいオケですね~。なんでもゆーこときいてくれそう。サロネンだけ、ていわれたりして。
 サロネンの指揮姿(後姿)は、初めて見ましたが、正直言って、けっこうかっこよかった。今まで見た中で、トップクラスでしたよ。
 この日の演目は、シベリウスの第2番やカレリア組曲とメジャーな曲が多くて、欲を言うなら第2番以外が聴きたかったけど、シベリウスが堪能できて、他の公演にも、俄然行きたくなりました。チケットとってませんが、幻想交響曲なども、かなり期待できそう。また来日するときには、詣でようかな~。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。